JOURNAL
ええもんの話

海と山、大自然のおくりもの。三県のええもん
三重のええもんショップ

香肌窯

夫が成型、妻が絵付け。夫婦二人三脚で創る
温かみ溢れる陶器 香肌窯

JOURNAL #05

香肌窯の窯元立松夫妻

今回の「ええもん話」は、伊勢三山のひとつで、「伊勢の槍ケ岳」や「嶽山」と呼ばれ、三重の中央に位置する鋭鋒『局ケ岳(つぼねがたけ)』のふもと、緑に囲まれた自然豊かで 静かな松阪市飯高町で窯を構えて 約半世紀。
夫婦で陶芸を営む立松様を香肌窯にお邪魔しました。

土が持つ特徴を焼きに生かすため、独自の配合の陶土を作り、焼き上がりの色を想像しながら、オリジナルの釉薬(ゆうやく)を配合するなどしながら、『もっといいものを!』と焼き物と向かい合う毎日。

自身が想像していた通りのものが出来たときはもちろん、想像していたものと全く違う焼き色になったり、土の配合によって地柄のような模様が出来たり、と、日々新しい発見があり、 今回はどんな焼き上がりになるのか?と毎回ドキドキ・ワクワクしています。とのこと。

そんなお二人の陶芸との出会い。そして、お二人の出逢いから現在に至るまで、香肌窯のこだわりとともにご紹介いたします。

運命を変えたのは500円!?

香肌窯の窯元である、夫立松 隆司さん。
陶芸の道に入ったきっかけは、なんとたった500円の陶芸体験!

当時、仕事を探していた隆司さん。
ことあるごとに砂浜をただただ歩き、砂浜につく足跡を見ては、大地に自分の軌跡を つけてやったぞ!とわけもなく達成感を感じていたが、潮の満ち引きにより、自分の付けた軌跡がすぐさま消されてしまうその儚さにショックを受け、海はだめだ! 山に行ってみようと美濃地方多治見の山歩きを始めた。

ある日、山道を歩いていると、1日陶芸教室がたまたま開催されていて、1回500円で自分の好きなものを作らせてもらえる体験教室に何げなく参加してみた。
土を触っているときの感触・柔らかい土を焼き上げると固い陶器になるギャップ。
そんなことに面白いと興味を持ったと同時に、『自分の付けた形がそのまま残せる』という達成感から、陶芸を本格的にやってみようと思い立った。

体験教室で初めて作った作品は今でも大切に使用しており、いとおしそうに眺めながら当時の心境をお話してくださいました。
体験教室というと、お湯呑みやお茶碗を作る人が多い中、隆司さんはどっしりとした物が作りたかったと鉢のようなものを作ったそうです。

その後、瀬戸にある窯業職業訓練所(現:愛知県立窯業高等技術専門校)へ入学し、本格的に陶芸を学び、瀬戸の赤津にて3年間轆轤(ろくろ)の修行。

今度は登り窯を学ぶ為伊勢の地に移り3年間。

隆司さんのように、知らぬ土地の知らない窯を巡り修行を行う人々のことを「かまぐれ」と呼んでいたそうです。

その後、自身の登り窯を持つため、現在の地へ。

香肌窯の窯元立松夫妻

幼少期より身近にあった陶器。使うものは自分で創りたい

幼少の頃より茶道を嗜み陶器は身近な物であったため、焼き物に興味を持つのは当たり前と云えば当たり前であったが、就職か進学かというときに、『どうせなら自分で作ったものを使いたい』という思いもあり、隆司さんと同じ瀬戸の窯業職業訓練所(現:愛知県立窯業高等技術専門校)へ入学する。
隆司さんとは一年違いでの入学のため、この学校で二人が出会ったわけではないが、在学中、友人より『轆轤を回していた男性が成形中に足がしびれ転げ落ちたのだけど、その時その人真っ赤な毛糸のパッチを履居ていたらしいよ。』という笑い話を聞いていた。

結婚後、その真っ赤な毛糸のバッチを荷物の中に発見し、『えっ、あの笑い話の張本人!』とビックリするのと同時に思わず笑ってしまったそう。

そんな房惠さんも、窯業職業訓練所卒業後、瀬戸の赤津にて修行を行うが、轆轤はどうも症に合わず大の苦手。徐々に絵付けへの想いと興味が強くなり、四国は愛媛県の砥部へ赴き、酒井田柿右衛門の工房で働いていた方から本格的に絵付けを学ぶ。

絵付けの難し所は、同じ色でも絵の具を置く量で微妙な濃淡を調整したり、色むらが出ないように均等に絵の具を置いたり、焼き上がりの発色を想像しながら作業を進める所。でも、その分焼き上がりが楽しみ。という房惠さん。
長年の経験がないと思い通りの焼き上がりはできそうにないですね。

形としては、お茶碗等の湾曲した面に絵付けをすることが多いため、たまに行う平らな面への絵付けのほうが難しいのよ。と現在ご依頼いただいて制作中のお雛様に色付けされながら語ってくれました。

香肌窯の窯元立松夫妻

ここで一つ。皆様に問題です。
下の写真は焼き物専用の絵の具の粉です。この粉を水で溶いたもので色付けを行って行くのですが、それぞれどのような色になると思いますか?

焼き物専用の絵の具の粉

答えを確認      ここをクリックすると答えが見れるよ♪

左から1.黄色 2.緑色 3.青色 4.紫色

色見本写真 1.黄色 2.緑色 3.青色 4.紫色

同じ絵の具を使っても、置く量や火加減で微妙に色が違ってきます。面白いですね。

轆轤を回す隆司さん

自身の登り窯を構えるため、飯高町へ

伊勢で3年登り窯の修行を終え、『自分の窯を持とう!』と決心を固めた隆司さん
登り窯を構えられる傾斜があり、周りに民家が無く焼き物に集中できる場所を探し現在の地松阪市飯高町へ。
「当時はあまりお金がなくって、この辺りが安かったからね(笑)。」と。
登り窯も手作りで仕上げたということ。

自らの工房を構えたのち、一緒にやらないかと房惠さんに連絡。
結婚当時は今のような分業ではなく、お互いが作りたい作品をそれぞれで制作していたそうですが、やはり轆轤は向いていないと思った房惠さんが絵付け専門に。
夫婦二人三脚で創る焼き物がスタート。
それから20数年、はじめは青色の染付(呉須)と茶色の鉄絵(酸化鉄)で描く下絵メインだった房惠さんの絵付けも、今は鮮やかな色彩の楽しめる上絵付となり、 雄々しい成型に女性らしい柔らかな絵付けの温かみある焼き物が完成。
『こんな絵つけたいから、こんな形作って』と房惠さんからの要望で轆轤を回すことも。

香肌窯のこだわり

自家製ブレンド陶土(右写真一番上)

かつては良い粘土を求め、津市や玉城町へ自ら出向き陶器に使用する土を採取。
現在は成形するイメージを基に様々な陶土をブレンドし使用。
土を集めるのも大変の重労働、ケガをする危険もあるため、既製品を使うようになったが
既製品だけの土だと面白味がない、自分の窯に合う土を使いたいとの思いから、配合を変えたり、水簸せず大き目の粒子を残してみたりするなど工夫を凝らしている。
土の粒子が地柄のようになったり、配合によりいろいろな味が出るのがまた面白いと。

完全自家製釉薬(ゆうやく)

自ら集めてきた籾殻(もみがら)や藁を燃やした藁灰(右写真上から3番目)・雑木の薪を燃した土灰(右写真一番下)を作ります。
出来た藁灰・土灰を水簸(すいひ)し、灰汁を抜き取った後長年の経験と勘で長石との配合を行い基礎釉薬(右写真上から2番目)を作ります。

碗なりから高台(こうだい)が一直線に

高台が全て、上手く高台が作れ無いと良い作品は絶対出来ない。と言われるほど陶芸の世界では基礎となる高台が重要。そのため、常に高台を意識し、完成後に 碗なりから高台が一直線になる様なイメージをもちながら轆轤を回す。
また、内側が大きく見えるように見込部分の調整も慎重に行う。

「陶芸を長くやってきた人なら、陶器の高台を見れば使った土や製作者の性格まで分かるよ。」とのこと。

手作り窯

残念ながら、登り窯は体力的なことや人手などの問題で休止中。
登り窯は4日間、薪の量を調整するなどして、微妙な窯内の温度調整を見続けなければならず、4日間火を絶やさないための薪の準備も必要。
窯から発せられる音や炎の色を見て窯の温度が理解できるようになるには、長年の経験がないとできません。火番がもう一人いれば隆司さんは交代で休むことができますが、それでも不安な時などはたたき起こされることも多々。
奥様の房惠さんはもっと大変、手伝いに来てくれた人たちの夜食の準備等、登り窯を焼いている間は仮眠もとる暇がなかったとのこと。
まだまだ登り窯をやりたい気持ちはあるが、現在は、登り窯に一番近いといわれている灯油窯を自ら制作した使用し、夫婦二人で陶芸制作に打ち込んでいるそうです。

手作り灯油窯・窯に火入れする隆司さん・色付けする房惠さん

共に暮らして約半世紀、まだまだお互い未知なる部分があり、陶芸同様日々新しい発見があって面白い。と笑顔が絶えない素敵なお二人との出会いでした。

香肌窯

夫が成型、妻が絵付け。夫婦二人三脚で創る温かみ溢れる陶器 香肌窯

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